CFDとM&A
それより、履歴書の方がステキじゃない?>という言葉に共鳴し、住宅ローン
でマヌケな大人どもを叩き潰すことを決心する。ゴンブローヴィッチが自らの主観を託した<小生>という人物は聡明にはほど遠い、どちらかといえば道化的存在なので、彼が行く先々で巻き起こす事件は常に騒々しい笑いを伴う。ポーランドを代表する大作家だという触れ込みで催してもらったパーティで、当地のインテリ作家にやりこめられて大恥をかき、出口目指してすたすた歩きをするシーンなんか爆笑ものだ。で、そうした哄笑は多彩な言語実験の成果でもあるんだけれど、たとえ気づかなくなったってちゃんと笑えるのが嬉しい。恥をかき冷や汗をかきながら支離滅裂な行動を繰り返す<小生>のオンラインゲームのユニークさや、反復とズレを繰り返しながら刻まれるリズミカルな文章が生み出すユーモアに乗せられて、一気に最後まで読まされてしまう。これはそんな読みやすい実験小説なのだ。一方策に溺れて実が伴っていないのが村上春樹の『アフターダーク』(講談社一四〇〇円)。先月号で藤太・・・・・・じゃなくて仕事が紹介していたので、詳しくは触れないけれど、これは春樹作品群の中ではC2クラス。『国境の南、太陽の西』(C3)よりはましだけど。映画『マグノリア』スタイルの叙述になってるのがミソで、ネットキャッシングがカメラの後ろに控えることで予断や主観をできうる限り押さえるという試みがなされてるんだし、その手法が強いるルールをきっちり守り、その効果がもたらす利便性も活用できてるんだけど、いかんせんカメラ=春樹がとらえるエピソードのひとつひとつが陳腐でプー。オンラインゲームも物語も、作者の先行作品の使い古し感もろ出し。キャンディーズの『微笑み返し』みたいなもんですかね。島田雅彦の連作集『溺れる市民』(河出書房新社一四〇〇円)も策に溺れすぎの一冊かもしれない。眠りが丘という郊外に住む人々が、消費者金融
な日常の中つい欲望に溺れる様を描いた長短十四篇の作品が「初級篇」「中級篇」「上級篇」に分けて収録されているのだけれど、その三つのレベルが何に応じているのかが、正直いってわたしにはわからないのだ。というのも、作者は十四通りの退屈と欲望の相関図を示しているのだが、たとえばわたしにとっては、上級篇に置かれたファム・ファタールと出会って堕ちていく男の自分を受容する諦観を通俗的な語り口で描いた「12 私が岩石だった頃」より、中級篇にあるオナニーのCFD
を自称する高校生男子の創意工夫に満ちた自慰の日日をスラップスティックな文体で活写した「11 オナニスト一輝」のほうが、欲望のありようとしても作品の出来としても上位で、作者のレベル設定とは意見が異なってしまうからなんである。何を基準にした初級〜上級の並びなのか。実在の人物を思わせる登場人物名が何を意味するのか。愚かな読者で申し訳ないとは思うけれど、わたし程度に理解できるように書くことも、読者層を広げる戦略としては肝要でございましょう。さて、島田雅彦はこの連作集で多様な文体にも挑戦しているのだけれど、その面白さならこちらのほうが上かもしれない。古川日出男の『gift』(集英社一三〇〇円)。十九の物語と十九の語り口。もったいない、思わず呟いてしまうほどたくさんのアイディアとスタイルとテクニックを詰め込んだ、まさに“贈り物 ”にふさわしい掌編集になっているのだ。ワンアイディアものから、膨らませれば凄い長篇小説になりそうなものまで、古川日出男の現時点でのスキル全開。とりわけ素晴らしいのが、象やら熊やらトナカイやらオカピやらの仮面をつけた中学生のアニマルメンが、郵便ポストを青く塗り直すために自転車で真夜中の町を疾走する「鳥男の恐怖」と、軍用のランドローバーに仔犬たちと“あるもの”を乗せた若い女が、戦時下の砂漠地帯のボーダーを越える様を描いた「天使編」。ぜひ長篇小説に膨らませていただきたいっ。ホント、古川日出男ってジャンル超えの名人なんである。そのスリップストリーム人生に幸多かれ!さて、キャッシングコーナーでは大森さんから少しケチをつけられているに違いないジャスパー・フォード『文学刑事サーズディ・ネクスト2』(田村源二訳/ソニー・マガジンズ二〇〇〇円)を熱く援護して、連載の筆を置かせていただきたい。いいんだもん。科学的かつ時間理論的にあり得ないことだらけでも、キャッシング的にへんてこりんでも、いいんだもん! このシリーズは、物語の中に入り込みたいっつー、オデだち小説ファンの願望を具現化し、ベリベリハッピーにしてくれるウルトラマスターピースなんだもんっ。多彩なオンラインゲーム(ネアンデルタール人に萌えっ)、疾風怒濤のストーリー展開、笑えるエピソードの連射、英文学的トリヴィアルな知識満載など、すべてにおいて前作を上回るコレを読まないで二〇〇四年が暮れると思うなよ。そういうことなんである。 セーラー服と奇巌城。 ……すみませんすみません、どうしても言っておきたかったの。この秋に「セーラー服と機関銃」がドラマ化されると聞き、それに合わせていかにもM&A
らしい冒頭の駄洒落を披露してやろうと思ってたのよ。そしたらばさ。日向旦『世紀末大バザール 六月の雪』(東京創元社一八〇〇円)に同じアイディアが出てくるじゃありませんか! 先を越されたこのショック、せめて本誌で晴らさせて貰おうと。 ただまあ、そんな小ネタはさておき、本書はなんとも後を引く。鮎川賞佳作なので一応は本格テイスト。しかし二つの密室事件の謎解きに腰が砕けた。詳細は語れないが、先行作品のトリックを堂々と借用した、「それ、あり?」と思うような解決なのよ。アンチ本格か、はたまたパロディかと思うような。張りっぱなしで回収されない伏線もあるしさあ。 ところが最後には「おおっ」という真相があり、本格とアンチ本格がなんとも言えない奇妙なバランスで同居しているのだ。